2015年1月17日土曜日

大河ドラマ「花燃ゆ」〜松蔭の脱藩から思うこと


先週の大河ドラマ「花燃ゆ」では、東北地方沿岸の視察の許可が藩から
なかなか下りないために、吉田松陰は脱藩してまで視察を強行しました。

私達の感覚では「脱藩」という行為の罪の重さは理解できませんが、
今でいうところの「密出国」に当たります。
日本にいれば、これもまた感覚はないでしょうか、北朝鮮の国民が中国に
密出国したり、北朝鮮の高官が韓国に密出国するケースは、
たまにニュースでも見られます。

江戸時代、藩は、今の「日本」と同じレベルの国という扱いであり、
日本は藩という国の集合体だったと理解すべきです。
(当時の海外の外交使節団も、このように述べている)
その国を黙って出国するのですから、本人はもちろん、その家族・一門
にも多大な影響が及びます。
大河ドラマでは、松陰の妹の婚姻が取り消されましたし、ひどい時には、
お家断絶ということもありえます。
(昔、まだベルリンの壁が存在し、ドイツが東西ドイツで分かれていた時、
 壁を越えようとした国民は、容赦なく射殺されました。
 現在でいうと、そんな感覚です。)

吉田松陰は、そのような重大な罪を犯してまで、なぜ東北沿岸の視察に出かけたか?

それは、やはり「国を想う気持ち」であったに違いありません。

松蔭の有名な言葉に

 これをやったらどうなるかは分からないが、やらないと始まらない。

という意味のものがあります。

松蔭としては、脱藩したらどうなるかはある程度予測はついたでしょうが、
脱藩してまで、東北沿岸の視察に出かけ、外国船について情報を得ないと、
この国が置かれた状況が肌身で感じられなかったのだと思います。
後先考えず、自分の信念・価値観にしたがって行動している

私達が生きる現代において、このように価値観にしたがって行動することは、
松蔭が生きた江戸時代よりも、重要な行動指針として扱われるべきです。

多忙な現代人は、本当に今の時間を、自分の大事な価値観に基いて使うことが
できているか。多量の仕事、日々やる作業に追われ、「消化したこと」で満足
していないか。ちゃんと振り返るべきだと思います。

竹中平蔵氏曰く「生産的な仕事をすべきだ。それ以外は単なる消耗にすぎない」





0 件のコメント:

コメントを投稿